こだわり供花

歴史ある伝統の工芸品

九谷焼の歴史は、大聖寺藩領の九谷村(現在の石川県加賀市)で、良質の陶石が発見されたのを機にはじまりました。大きく分けて、江戸時代前期、江戸時代後期、明治時代~昭和時代前期、昭和時代後期~現代、という4つの時期に大きく区分されます。 また、九谷焼は360年の歴史と、その中から生まれた様々な絵付け様式があります。

九谷万作自慢の逸品

久谷万作

久谷万作は平成4年、石川県久谷技術研究所 実務者加飾コースを卒業し、翌年の平成5年第11回九谷焼デザインコンクール優秀賞・県知事賞受賞をはじめ、様々な賞を受賞する九谷焼の名手です。そんな久谷万作の作品を納骨箱としてご用意いたしました。


その他、納骨箱についてはこちらをご覧ください。

久谷万作

明治時代に入ってからは、斎田 道開(さいだ どうかい)、九谷 庄三(くたに しょうざ)らの活躍もあって、大量の九谷焼が海外へ輸出されました。今日の九谷焼は、各時代の窯の上絵付けの作風を源流に、以前にも増して活発な生産が続けられています。

久谷万作受賞歴

九谷焼納骨箱 -藍-

九谷焼納骨箱 -藍-吸い込まれるような深い青が特徴です。深海のようなおおらかな深い愛を体現しています。「青は藍より出て藍より青し」 - 染料の藍は黒や茶の様な色があり、青みがあまり無い。しかし染め出すと非常に美しい青に染まる。と言うことから、親(師匠)よりも優れる事を言い出藍の誉れとも言います。

納骨箱 -あい-

九谷焼納骨箱 -翡翠-

九谷焼納骨箱 -翡翠-翡翠は「仁・義・礼・智・信」の5つの徳を備えた石として、持ち主に天の叡智を授け、意識を高め、人徳を与える効果があるといいます。指導的な立場の人が身につけると、多くの人々から敬意を払われ、支持を得ることができるでしょう。また、古来より「奇跡の石」と呼ばれ、護符としても珍重されてきました。

納骨箱 -ひすい-

九谷焼納骨箱 -薄紅-

「紅」はその燃え上がるような色のイメージから想像を膨らませて、「情熱的でエネルギッシュ」な様子を想起できます。その中でも「紅艶(コウエン)」という言葉があるように「女性らしい艶っぽさ」のイメージもあります。 また、「紅」を使った慣用句に「柳は緑、花は紅(ヤナギハミドリ、ハナハクレナイ)」という言葉があり、「自然のままで人工の加わっていない」様子を意味します。ここから「自然な美しさ」というイメージも出てきます。

納骨箱 -うすべに-

久谷の伝統

大自然の恵み

加賀百万石の城下町として知られる金沢。加賀藩初代城主・前田利家が金沢城に入城して以来約300年続いたこの城下町には、歴史・文化・規模のどれをとっても「百万石」の城下町にふさわしい独自の伝統文化が今なお息づいています。金沢城や兼六園、武家屋敷や茶屋街など、当時の面影が色濃く残る金沢市。日本海に面した金沢は、当然海の幸も豊富です。それは「加賀料理」と呼ばれる独自の美食文化を育んでいます。そんな自然と伝統の下に九谷焼は息づいているのです。